ハンガリーの代表的な世界遺産「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」の解説です。
ハンガリーの首都ブダペストはドナウ川河畔に位置し、東ヨーロッパで最も大きい都市の1つです。その美しさに定評があり、「ドナウの真珠」とか「東欧のパリ」などと呼ばれています。
この記事では、ブダペストはどういった世界遺産なのか、ブダペストの歴史や各構成資産を踏まえて詳しく解説していきます。
世界遺産「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」とは?
世界遺産ブダペストの正式名称は「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」とかなり長いです。それはブダペストの街全体が登録されているわけではなく、ブダペスト市内でドナウ川両岸エリアとアンドラーシ通りエリアのみが登録対象となっているからです。
1987年にブダペストはハンガリー初の世界遺産(ホッローケーの古村落も同時期に登録)となりましたが、その時はドナウ川両岸の歴史地区のみの登録でした。
その後2002年に、ヨーロッパ大陸初の地下鉄が通るアンドラーシ通りと英雄広場も拡大登録されました。
ドナウ川沿いには歴史建造物が残っており、ヨーロッパの優れた文化交流の重要な跡として評価されたこと、ヨーロッパ大陸初の地下鉄の整備など当時の最先端技術を導入した都市計画が評価されたこと、などの理由により世界遺産に登録されました。
登録名 | ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り (Budapest, including the Banks of the Danube, the Buda Castle Quarter and Andrássy Avenue) |
登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (2)、(4) |
登録年 | 1987年(2002年範囲拡張) |
世界遺産「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」のマップは以下となります。紫色が世界遺産、朱色がバッファゾーン(緩衝地帯)となります。世界遺産範囲は以下の2つのエリアに分かれます。
- ドナウ川両岸の地区(ブダ城地区、国会議事堂、ゲッレールトの丘、4つの橋など)
- アンドラーシ通りと英雄広場

ブダペストの歴史
ブダペストは、オーブダ(ブダペスト北部のドナウ川西岸)、ブダ(ドナウ川西岸)、ペスト(ドナウ川東岸)の3つの都市が統合して誕生した都市です。
ブダペストの歴史は、2世紀頃ローマ帝国の植民都市アクインクムが今のオーブダ地区に建設されたことに遡ります。
4世紀にローマ帝国が衰退すると、ゲルマン民族であるゴート人、フン族やアヴァール人といった遊牧民族が定着しました。
9世紀になると現在のハンガリーの祖先であるマジャール人が到達し、ヨーロッパへの侵入を試みましたが、955年のレヒフェルトの戦いで神聖ローマ帝国(今のドイツ)のオットー1世に敗れると、パンノニア平原に定着し、ペスト地区が発展していきました。
その後マジャール人はカトリックに改修し、1000年にハンガリー王国が建国されました。

13世紀のモンゴル軍侵攻後、その防衛の必要性からペストの対岸の丘にブダ王宮が築かれ、これがブダ地区の発展のはじまりとなりました。1361年にはハンガリー王国の首都はそれまでのエステルゴムからブダに遷都されました。ブダではイタリアからルネサンス文化が取り入れられ、文芸が発展していきました。
16世紀にはオスマン帝国、17~19世紀はオーストリア(ハプスブルグ家)の支配を受ける中、1872年にブダ、オーブダ、ペシュトの3地区の統合が決まり、現在のブダペストが成立しました。都市計画に基づき様々な建築物の改築や新築が進められ、街並みが整えられていきました。
20世紀には2つの大戦での敗北し、また社会主義化という激動の時代の中で、ブダペストの街は大きな被害を受けましたが、20世紀半ば以降に復元され、現在の歴史地区は19世紀後半時代の町並みが良い状態で保存されています。
1987年にブダペストのドナウ川両岸の歴史地区がハンガリー初の世界遺産となり、また2002年にアンドラーシ通りが拡大登録されました。
主な構成資産
世界遺産「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」の主な構成資産を紹介していきます。
ブダ城地区(ブダ王宮地区)
ドナウ川西岸に位置する丘のエリアです。ハンガリー歴代王の居城「ブダ城」、素晴らしいゴシック建築の「マーチャーシュ教会」などがあります。ドナウ川越しに広がるペスト地区(ドナウ川東岸)を一望できます。
①ブダ城(王宮)(Buda Castle)
②マーチャーシュ教会(Mátyás Church)
③三位一体広場(Szentharomsag ter)
④漁夫の砦(Fisherman’s Bastion)


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ハンガリー国会議事堂
ドナウ川の東岸エリアにある、ブダペストの象徴的存在の「ハンガリー国会議事堂」(Hungarian Parliament Building)です。世界で最も美しい国会議事堂として人気の観光名所です。ハンガリーで最大の建築物です。ツアーに申し込むことで豪華絢爛な内部を見学できます。

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ゲッレールトの丘
ドナウ川西岸エリア、ブダ城地区の南に位置する「ゲッレールトの丘」(Gellért Hill)です。ゲッレールト山とも呼ばれます。オーストリアの支配時代にはハプスブルグ家がブダペスト監視のために頂上に要塞を造りました。第二次世界大戦ではナチス、ハンガリー動乱ではソ連軍がこの丘を占領し、ブダペストが砲撃されたという負の歴史を持ちます。丘の頂上からのブダペストの街並みは見応えがあります。
また、ゲッレールトの丘の麓には、「ゲッレールト温泉」「ルダッシュ温泉」「ラーツ温泉」があり、これらも世界遺産となっています。

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ドナウ川に架かる4つの橋
現在ブダペスト市内ではドナウ川に架かる橋が9つありますが、そのうち4つが世界遺産になっています。1番有名なのは最も古い「セーチェーニ鎖橋」です。ブダ地区とペスト地区を繋ぐ役割を果たしました。ブダペスト観光の写真などでもよく紹介されています。あとはマルギット島に繋がる「マルギット橋」、美貌で知られるオーストリア皇后の名前に由来する「エルジェーベト橋」、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世による「自由橋」があります。
①マルギット橋(Margit Bridge)
②セーチェーニ鎖橋(Széchenyi Chain Bridge)
③エルジェーベト橋(Erzsébet Bridge)
④自由橋(Liberty Bridge)
自由橋はWikipediaでは世界遺産範囲でないと書かれてますが、ユネスコのサイト掲載の地図を見る限りは範囲内に含まれてると思われます。


アンドラーシ通りと英雄広場
2002年の拡張で世界遺産範囲となった「アンドラーシ通り」です。19世紀の都市開発で建設された、ネオ・ルネサンス様式の建物が並ぶ通りです。西洋音楽史にとって重要な「ハンガリー国立歌劇場」やファシズム時代の独裁政権などに関する展示をしている「恐怖の館」などがあります。
また、アンドラーシ通りの地下を走るヨーロッパ大陸初の地下鉄「ブダペスト地下鉄1号線」や通りの端にある「英雄広場」も世界遺産となっています。
①アンドラーシ通り(Andrássy Avenue)
②英雄広場(Heroes’ Square)


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